わたし思う(人それぞれ見方がある)母は よくいえば包容力?😅がある 悪くいえばテキトーな人。
「まあまあこんなもんやろ」
の基準がゆるいので 昔はよくイライラしたもんだ😅
このテキトーな性格をあらわすことで よく覚えているのがカレーライスのこと。
作り方をよく読むということはしないから とにかく目分量 テキトー。
「今日のカレーちょっとしゃばしゃば(←みずっぽい)やなあ」というと 「こんなもんやろ。カレーはこれぐらいの方がおいしい」 といい 「なんか今日のカレードロドロすぎん?」というと 「これがおいしいんやん」という😅
結局 自分でカレーを作るようになるまで どれが正解なんかわからないまま😆
すべてがすべて そんな感じ。
出かける前に 「この格好おかしくない?」とか聞くと 「笑う人は笑顔よしや」と返される。
まあ 3LDKの狭い家に 義父義母との同居で6人家族。寡黙でねぎらいの言葉なんていわない父なんで いろいろ苦労やストレスも多かっただろうし そうでもないとやっていけなかったんやろうなあと思う。
その母の性格に イライラすることもあるが ずいぶん助けられてきた。
うちの母は 話しを聞くのが上手。
決して否定をしない。
いつも
「そやな。ほんまに。」
と わたしの愚痴や文句を聞いてくれる。
前にいってたときと真逆なことをいってても😆
だから わたしは悩み事とか 腹が立って納得がいかないことなどは 母に話しすることで解決してきた。
といっても 母が答えをいうわけではない。
これはわたしに関わらず 答えなんて最初から本人がわかってることで 人への相談なんて 背中押してもらうためだけだと思うし。
わたしも母を見習ってと思うけど 子どもと話してもつい自分の答えを押しつけてしまい失敗する💦
が 母も80歳を過ぎ 認知症状もあり わたしがパーキンソン病であることを知らない。
今では物事をすぐ忘れてしまうので いっそパーキンソン病を告白しても また次会うときは忘れてしまうかもしれないから 聞いてもらおうかと考えたりするけど そうだとしても話しを聞いたら そのときは心配するだろうし。
わたしがいかに母に助けられてきたか。
テキトーで いい加減な母。
ニコニコ愛想よしでもないのに 友だちが多い母に疑問だった。
50歳を過ぎて ようやく母の偉大さに気づく。
わたしも母を見習いたい。